私の一族は、そこそこ名の知れた名家というやつで。
ご大層に、本家と分家に別れ親族はかなりの人数が居たり居なかったり…。

本家…一族直系の伯父夫婦には嫡子となる子供が生まれなかった。
逆に、分家となる本当の父母の間には沢山の子宝を授かった。

地位や名誉、デストロディアの考えに相反するものに執着し、 一族の繁栄と財を望んだ伯父夫婦にはいい薬だったのだと私は密かに思っていた。

けれど、その日は訪れた。




「嫌だ!離せ!離せよぉ!!」
じたばともがいても抗いようのない大人の力に、私はなす術もなく強引に父母の間から引き離された。
父母はただ泣き崩れていたのを、ぼんやりと覚えている。
兄夫婦に抗えないのは、両親にも同じことだったから。


五歳、それは自我が芽生え、漸く人としての人格形成に多大な影響を与える時期。
両親の庇護や愛情によって、他人に優しく自分に厳しく、正義と共に人として最低限必要な素養を身につけていくべき時期。


私は五歳のその頃から、ずっと強制的に、厳格とも呼べる教育を受けてきた。

正義に反する忌むべき教育を。
お蔭で思慮深く疑り深い性格になってしまったわけだ。


私は、そんな最悪な伯父夫婦を憎みこそすれ、感謝などは全くした覚えは無い。
けれど、私が士官学校で好成績を修めると我がことのように喜んでいた。
彼らはきっと、彼らなりに私のことを大切に思っていたのかもしれない。



けれど、それは私には全く関係のないことだった。
とてもつまらない、琴線にも触れることのない、ただの戯事。


私はあの日から、伯父夫婦を憎まない日なんて無かったのだから。
いつかは滅べばいいとさえ思っていた。



私がシアと結婚することを告げると、猛反対された。
一族を召集して、大々的な親族会議にまでなった。

けれど、そんなこと構わなかった。
認めて貰おうなどと思ったことなど無い。
ただ義理は通さねば、正義が成り立たない。
私の中の正義が。

反対されたとしても、私は彼女と結婚する。
それが許されないのだとしたら、一族の名は継がない…そう告げると、あっさりと彼らは私たちの結婚を許した。

愛する人と一緒に過ごせる日々の幸せなど遠の昔に忘れていたから、彼女と過ごす日々は新鮮でこの上もなく幸せだった。
シアンドッグという伝説級の魔獣と結婚するなどと一方で陰口を叩かれていたのは知っている。
そんなことはどうでもよかった。
ただ彼女と過ごす日々が幸せで。
そんな些細な嫌なことは直ぐに忘れることができた。

子供が出来たのは結婚して一年たったころ。
であった頃にベッドを共にして、けれど種族の違いの所為か彼女は中々妊娠しなかった。
子供が欲しかったわけではなかった。
私みたいな目に生まれてくる私の子供がなってしまうのなら、ただ彼女と二人で過ごすのも悪くは無いと思っていた。

けれど、初めて抱き上げた我が子に、自然と幸福な気持ちが芽生えてくる。
生まれて直ぐに産湯につける役を私がした。
幸福な気持ちと湧き上がってくる涙。
なんていとおしいのか、この小さな命は。

あぁ、私の可愛いエルナ。

漆黒を纏ったような黒い髪だけが私に似ていた。
他は全て妻のシアに見事なまでに似ていた。

赤い瞳が私を見る。

全てを見透かすような、妻と同じ赤い瞳。
何れはこの子も、戦場に赴くのだろうか?
妻のように誰かの使い魔として。

もし、ライフェレンに…赤軍に召喚されたら?
この子が、愛しい我が子が、敵になるとしたら?


私はこの子を殺すのだろうか?
笑って、この子を殺すのだろうか?
今まで平気で殺してきたように、我が子さえも手にかけるんだろうか?

せめて、この子がただの人間であったなら。
ずっと、こちら側に居てくれたら。

今は止そう。そんな不吉なことを考えるのは。
イザナギ様や姫の為に私が死ぬことはいとわない。


けれど……。


親になるというのは、なんと愚かなことなのだろうか。
他人の死がこんなにも怖いなんて。

数年後に生まれた次女のルナローズ。
一見しただけでは、普通の人間に見えた。肌の色や耳の形が普通の人と同じだったから。
この街では赤い目で青い(水色)髪なんて沢山いる…。
けれど、ルナローズもまた妻の遺伝を色濃く受け継いでいた。

三歳になった頃、ルナローズはシアのように獣化した。
エルナが獣化した年よりも更に早かった。
サイズは本当に普通の子犬くらいだったけれども。
あぁ、自分の子供は皆【人】ではないのだと実感した。

けれども愛した人と私の子供。
愛しいのに変わりはなかった。

ルナローズが獣化した数日後、生まれた三女アリシア…初めて自分と同じ瞳の色を宿した子。
けれど、生まれた時から既に獣化していた。
子犬のようなその子は、流石に自分の子だと認めるのに時間がかかった。

段々と早まってくる獣化。
人としてよりも、魔獣として、シアンドッグとしての強い魔力をもつ異種族。

人とのハーフとなれば、魔獣の遺伝は半減するのが普通だった。
けれども、シアンドッグは多分違うのだろう。
人の遺伝を限りなくゼロにできる……私の遺伝が、否定される。


けれど、子供たちにとって私の遺伝は枷になりこそすれ、プラスになりはしない。
もしもただの人として生まれてきて、けれど外見だけが異種族なんてことはきっと辛いことにしかなりえない。
迫害が絶対に無いなんて言い切れない。
まして、それがおとぎ話の悪役にされるくらいの魔獣が親ともなれば。
私一人では守りきれない。

これでよかった。
きっと、私の遺伝が無いほうが…。

I love you , last to my life.


それでも、私は貴方たちを生涯愛します。

貴方たちは私の愛する人の子供だから。





【つづく】

焼蕎麦さま宅イザナギ様
紫祈さま宅ヴィオラ様
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