どさっ。
ベッドの上に押し倒される。
こんなこと、まだ心の準備ができていない。
けれど、彼は気にした様子もない。
「あの、こういうことはまだっ……」
「あぁ?まだ、なんだよ?」
私のマントを脱がしにかかる。
マント留めの宝石を外すだけで簡単に外れるそれは、あっさりと私から離れていく。
下に着ているのは薄めのノースリーブ。
裸に剥かれたも同然だった。
「止め…」
「止めねぇ」
彼の顔が近づいて、私の口唇に彼のそれが重なる。
「んっ…」
鼻を抜ける甘い吐息。
こんな声、知らない。
自分でも聞いたことのない、誰でもなく自分自身の甘い声。
彼によって作り出される、私の。
こんな私は知らない。
こんな声は知らない。
凄く恥ずかしい。
逃げ出したい。
ココから。
彼から。
「愛してる…」
微かに聞こえた彼の声に、ドクンっと胸が高鳴る。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
逃げ出したい。
でも、何故だか嫌じゃない……。
「……や、やっぱり、これ以上は…」
彼の体を押し返す。
ほっそりとしたその体。
腕も私より細くて華奢だった。
本当のところは彼に力で負けたりはしない。
けれど、何故か抵抗できない。
抵抗しようと思えば、幾らでもできる。
なのに……。
彼は不敵に微笑んで、こういう。
「愛してる…なぁ、アンタは?」
彼の目が自信ありげにこう言ってる。
【アンタもそうだろ?】
絶対に、逃げられない。
彼の瞳が私を見ている。
「…わ、私も…貴方を、愛しています…」
恥ずかしい、死にたい。
なのに、何で?
恥ずかしくて堪らないのに、逃げ出したいのに…
なのに、できない。
「でも、その…これ以上は…」
「何で?アンタも俺のこと、愛してんだろ?」
「そ、それはそうですけれど…でも、SEXは本来男女でするもので…」
「同性でも別にできないことねぇだろ?」
「そうかも知れませんが…」
異性でなくてもそういうことはできる。
そんなことは知っている。
本来はそういう目的につかう器官では無い場所を代用できる。
ただ、問題は気持ちの方で。
学生時代、何度も同性に犯されそうになった。
その度にそいつらを灰にした。
私の右目を傷つけた、あの男たちのように。
名を持たない炎の魔獣。
私が便宜上【イフリート】と呼んでいる使い魔。
幾人か契約した使い魔の一人。
彼は私の意志に反応して魔法を発動する。
強い気持ちは彼を反応させる。
消すつもりはなかった。
けれど、気付いた時には、そこに残っていたのはただの灰で。
何人の命をただの灰に変えてきたのか解らない。
私に害をなす者たちは全て彼が灰に変えてしまう。
私にしか見えない彼は、今も近くに居て、私の様子を伺っている。
大掛かりな炎の魔法を使えば他者にも知覚できるが、普段は私にしか見えない。
今彼とこうやっている間でも、【イフリート】は私たちを無機質な表情で見ている。
焦っていた。
もし、彼を、キジョウを拒絶してしまったら?
【イフリート】が彼を消すかも知れない。
キジョウの使い魔は、今はココに居ない。
どうすればいい?
私はどうすれば。
キジョウと体を繋ぐことが嫌な訳ではなくて、ただ恥ずかしい思いが強くて。
自分の子供と同じ年の、20以上も年の離れた相手に、始終振り回されて…。
好きだと言われて、愛していると言われて、恥ずかしくて仕方ない。
でも、嬉しくておかしくなりそうで。
なんでこんなに愛しいのか、自分でも解らない。
彼のことをこんなに好きな自分なんて知らなかった。
彼はまだ若い。
子供もいない。
多分、以前にも女性と付き合った気配すらない。
なのに、初めて(の恋愛)の相手が私でいいのだろうか?
彼の父親であってもおかしくない年の私が相手で。
本当に私でいいのだろうか?
本当に私で彼はいいのだろうか?
「本当に、私で後悔しませんか?」
「なんで後悔する必要がある?」
逆にそう問われてしまった。
「私は、貴方より年上でおじさんで、離婚暦もあるし、子供もいるし……」
違う。
【彼が】なんて、言い訳で。
私が怖いだけなんだ。
もし、彼から拒絶されたら自分が傷つくから。
彼が後悔したと言ったら、自分が傷つくから。
本当は私が傷つきたくないだけ。
怖い。
怖い。
怖い。
彼に嫌われたら生きていられない。
彼に拒絶されるくらいなら、私は……。
「アンタは俺じゃ不満か?」
言い訳を並べる私に、彼が初めて弱々しく訊いてくる。
彼の瞳が、揺れている。
「違います…私はただ…」
恥ずかしくて死にそうだった。
こんなこと、本当は言うつもりはなかった。
でも…。
「貴方に嫌われたら生きていられないから…」
気付いた時には彼に告げてしまっていた。
動揺するほど彼を愛している。
彼に依存しているのはきっと私の方。
多分、私は彼の言葉一つで、生死さえ左右されてしまうほどに彼に溺れている。
彼は満足そうな笑みを口の端にたたえて、こう言った。
「ふ〜ん?」
一見、小バカにしているようにも見えるその言葉も、実は物凄く満足しているのだと気付く。
いつものように自信に満ちた瞳が私を見ている。
口唇を重ねて、ただ衝動のおもむくままに。
貴方となら落ちて行こう。
どんな闇の底までも。
【終わり】
古杉さん宅キジョウくんお借りしました!