四人目にして初めて生まれてきた男の子。
私のアメジスト色の瞳と妻のルビー色の瞳を両方持って生まれてきた。

だからだろうか?彼――マカラインは一度も獣化することはなかった。
勿論、生まれた時も人の形をしていた。

私が知っている限りでは、マカラインが獣化するところをまだ一度も見たことはない。
それがとても嬉しかった。

この子は確かに私の子供なんだと、そう思えた。
とてもいとおしくて仕方なかった。

この頃になると上の三人の娘たちは、丁度おてんばな時期だった。
それも手伝ってか、初めてみる弟にいたずらしたり、泣かせたり。
目が離せなかった。

マカラインを溺愛しすぎたことは今となっては大変申し訳なく思ったりもする。
彼が姉弟のみならず、他人にまでファザコンのレッテルを貼られるようにしてしまったのはこの私の責任だったから。

マカラインの次に生まれてきた子…カーマインは、双子のようにマカラインとそっくりだった。
瞳の色が左右反対ということを除いては。
兄弟なのだから似ているのは当たり前だとも思わなくも無い。
けれど…、全員を並ばせてみて全員が全員似ているか?と問われれば違うと言わざるをえない程度には個性がある。


六人目にして初めて私と同じ顔がそこにはあった。
瞳の色だけが妻と同じで。

「そうですね、この子はルシアンと名づけましょう」

ベビーベッドですやすやと眠る横顔を二人で見ながらそう呟く。

「あ?なんでさ。いい加減もっと変わりばえのする名前にしようぜ」

シアがまたか?という顔をして私をみつめる。

「折角ですからみんな語尾をそろえようと思いまして」

「んじゃ、レイヴンでもよくないか?偶にはあたしにもつけさせろよ」

にっこりと笑って返すと、妻が面白くなさそうに言ってくる。それがとても可愛らしい。

「ダメですよ、この子たちはみんな私が名づけるんです…それに、レイヴンはダメです」

「何でだよ?ぴったりじゃねぇか。【黒い髪の色】って意味だしな」

「……私の名前が、昔、【レイヴン】だったんです」

そう、漆黒を纏ったようなこの髪を指して、私の本当の両親がくれた名前。

「え?そうなのかい?」

「えぇ。今の両親のところにムリヤリつれてこられた時……五歳の時に勝手に改名されたんです。
【メルフィナ】と名前を改めさせられました…」

「あははは、そりゃあいい、あんたはメルフィナでいいんじゃないのか?甘いところがまんまだろうさ」

「あ、甘いって…それはメルティです!!あ、いえ違いますね。メルトは溶けるですから…」

「同じじゃねぇのか?同じでいいだろ?相変わらずそういうところはお堅いねぇ」

「いいんですか?そういうことを言うとコウですよ!」

「あっ?」

彼女の口唇を自分のそれで塞いで、あとはベッドに雪崩れ込むだけ。

「ちょっ、ちょっと待てって、あたしはつい数時間前に子供を生んだんだぞ?直ぐ次ってわけにも…んっ」

口ではそういっても、彼女が本気で抵抗しないのは解っている。
私を振りほどくことなどないと。

彼女の滑らかな肌に、紅(あか)を刻んでいく。
青白い肌に、その赤が鮮やかに浮かんで、彼女は私のモノなのだと満足することができる。

自分がこんなにも強欲で傲慢で、そして独占欲が強かったなんて彼女と出会うまで知らなかった。

彼女が魔獣だとか、永遠を生きる異形の存在だとか、そんなことはどうでもよかった。
ただ愛しくて愛しくて仕方なかった。


「シア、貴方を愛しています…」
「あぁ、あたしも。あんたを愛している。メルフィナ…あんたはあたしのモノだよ。誰にもあげない」
「貴方は私のモノです。誰にも渡しません」

そんな他愛のない睦言が、幸福で仕方なかった。

でも、それは訪れた。


七人目の子供グインが生まれた時、それは訪れた。



戦争…。ライフェレンとデストロディアの戦い。
それは今に始まったことではない。

けれど。


いつまでも、前線を彼に任せっきりではいけませんよね。
そう思っていた頃、大規模な戦いが起こった。


リカオン大将やクラウザー大将が圧倒的な強さで、赤軍を沈めたあの時。



その時に、エルナが召喚された。
それも赤軍に。

赤軍の元に、使い魔として。



ガタガタと震える口、肩、膝。
寒さで震えが止まらないのと同じように。
ガタガタと震えがおさまらない。



エルナ…私の愛しい娘!


何で、赤軍になど。





あの子を殺すなんて私にはできない。
あの子を殺したくない。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…

何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ




信じたくない。
そんなこと。
そんな残酷なこと。






弱点さえ突かれなければ死ぬことはない。
けれど、もしもそれを知っている者がいたら?



あの子が、死ぬ?



あの子が…可愛いあの子が、死ぬ?



そんなことって、ない……。
恐れていたことが、起こってしまった。




それから直ぐに私とシアの仲もおかしくなりはじめた。

「あんたが黒軍を裏切ればいい話だろう?」

彼女は事もなげにそういう。

「そんなこと、出来るわけがありません。私はイザナギ様と姫に膝を折ったのですから」

「あぁ?じゃあ、あんたは可愛いエルナが死んでも構わないのかい?」

「そんなことは言っていません!!」

「じゃあ何故出来ない?あんたはエルナを見殺しにするつもりなのか? あたしは今まで何千何万と自分の子を手にかけてきた。 戦争で召喚されるたびにね。戦だと涙を飲んで殺してきたさ。 でも、今度こそ殺さないと誓ったんだ……あんたとあたしの子供だから! それなのに、父親のあんたがそんなんでどうするのさ?」

「………でも、できません。私は赤軍の考えに賛同致しかねます。だから、黒軍を抜けるなんてムリです。 あなたが赤軍を選ぶというのなら、私は止めません。貴方は誰にも縛られるべきではない人だから。 どんな考えを持っていても、どちらについても、それは貴方の意思のまま止めることなどしません」


それに確率的に赤軍に召喚される方が多い。
黒軍で彼女を召喚できたのは過去の記録を調べても出てこなかった。
つまり、私が初めて黒軍側に彼女を呼んだ。

でも私は結果的に彼女とは契約を結んでいない。
夫婦になりはすれ、契約を交わしていないから、今でも彼女は自由の身。
こと政治的なことに関しては。

だからこそ、彼女はどちらでも選べる。
いや、どちらに選ばれたとしても気には留めない。
本来ならば。

私と子供を為さなければ。

私との間に子供ができなければ、彼女は今こんなに激昂してなどいないのだ。


そして、彼女のお腹の中には生まれてくるべき子供が入っている。
こんなに怒ることは妊娠中の体に良くないことだった。

グインの髪が真っ白で生まれて来たのはもしかすると彼女のお腹の中に居るときに、 彼女がストレスをためていた所為かもしれない。

妊娠中は魔力が弱まる、だから本来子供たちはシアの魔力によって召喚されないように加護(ガード)されている。
けれど、妊娠中、しかも人の子供を体に宿すのはとても魔力を削るらしい。

本来、シアンドッグは一度の出産で5人〜10人を産む。妊娠期間も短く5ヶ月ほどでいい。
けれどシアが私の子供を産むのには、人間と変わらず10ヶ月余りを有する上、一度に1人しか産めない。
どうも人間が生まれる期間を短縮することはできないようだった。

此処でも私の血が、遺伝が、邪魔をする。

人であることが恨めしくさえ思えてくる。

彼女を愛したことが咎であるかのように、序所に歯車が狂っていく。


私が間違えてしまったのか?
私が、選択肢を誤ったのか?

彼女を選ぶか、黒軍を取るか。

その二つに一つしか、選べないのだとしたら、私は…私は……。


「あんたはどっちをとるんだい?」

彼女の瞳が怒りと悲しみで弱々しく揺れている。
エルナの命が掛かっている。
彼女はたとえ召喚されずとも、時空の狭間を通って赤軍へと行くだろう。
もしも赤軍が負けるようなことになれば、彼女は躊躇わずエルナの主を殺すだろう。
主を殺して、異界へと連れ帰るだろう。
きっと、それが一番簡単なこと。

たとえそうしなくても、私が黒軍を抜けさえすれば、エルナや彼女と戦わずに済む。

けれど…

「私は、黒軍を出て行くことはできません。 私と貴方が殺しあうことになっても、私が貴方に負けるのだとしても…」

そう、どの道、彼女と解り合える日が来ることなんて無い。
死を免れ、永遠を生きる彼女に私の考えは通じない。
生きるために殺してきた彼女に、私の人としての短い命などどうということはない。
直ぐに消してしまえる。
彼女の力なら。

私など、いつでも殺せる。
今、この瞬間でさえ。

彼女に殺されるなら、それもいいかもしれない。
他の誰とも知らぬ赤軍の兵士に殺されるくらいなら、せめて愛する人の手で……。

「はんッ!それが、あんたの答えかよ。失望したぜ。あたしと共に赤軍に行くと、言ってくれると思ったのに……」

「すみません……それでも、私はイザナギ様や姫を裏切ることなんてできません」

私が死ぬことなんて別に構わない。
こちら側に生まれてきた時から、この命はイザナギ様と姫の為にと、そう誓っていたから。





でも貴方やエルナが死ぬことが、それだけが怖い。

ただ、それだけが怖いんです。

私が死ぬことは、どうでもいい、瑣末なことなんです。

私の命なんて、惜しいなどと思ったことは無い。

けれど。


貴方やエルナが死ぬなんて、そんなこと私には耐えられない!





「ただ、貴方やエルナが死ぬことだけが、とても怖い」

「そうかい?あたしやエルナの為に、あんたは死ぬんだ?」

「ええ、構いません。私が死ぬことは、別にどうということもない」

「何故?そんなことを思っているなら、何故、黒軍(くろ)を裏切れない?」

「それでも……すみません。私にはできないんです。もし、貴方と敵になるとしても。 貴方と殺しあうことになっても。それでも私にはムリなんです。あちら側にはいけません。 もし、貴方が私の敵として私の前に立ち塞がるというのでしたら、それでも構いません。 私を殺せばいい。貴方になら一瞬でしょう?一瞬で私など殺せる…ただの人間の私など。 簡単なことです。だから……ごめんなさい。貴方と共にいけないことを許してください」




貴方を守ることもできない、不甲斐ない夫でごめんなさい。

妻も娘も守ることのできない、ただの人間(ヒト)で、ごめんなさい。

ただ、祈ることしか出来ない。

ただ、願うことしか出来ない。


恥ずかしい、情け無い、不甲斐ない、そんな単語だけが次から次へと頭の中を駆け巡る。

私はなんとつまらない人間なのか。

私はなんて、力のない人間なのか。

ただのヒトであるということが、こんなに切ないだなんて知らなかった。
愛しいヒトすらこの手で守ることもできないなんて知らなかった。



私は彼女の夫である資格すらない。
彼女を愛するなんて、なんておこがましいことか。


幸せにして貰っていたのは、ずっと私の方。
守られていたのは、いつだって私の方なのだ。




あぁ、私の愛しいヒト、どうか、どうか、生きていて……。
たとえ、私を殺しても。
貴方だけは、生きて下さい。

それだけが、私の願いです。






【終わり】

慙愧→恥ずかしい思いとかそういう意味です。

焼蕎麦さま宅イザナギ様
紫祈さま宅ヴィオラ様
1141さま宅リカオン大将
ニシヤマ。さま宅クラウザー大将
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